しばらくぶりで
- takashi maruyama
- 2月8日
- 読了時間: 2分
更新日:2月8日

気がつけば最後の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。
コロナ渦で外出を控えた巣ごもりのなかで、高次機能の会とのzoomでのやりとりから始めたのがこのサイトでした。
時が過ぎ、気がついたら元通りの慌ただしい生活のなかで、あの頃の想いはとうに忘れてしまい、ゆっくりデスクの前に座る時間も減ってしまいました。
人が前に進むのは希望ではなく意志、人が歩みを止めるのは絶望ではなくあきらめ
20年以上前の「ARMS」という漫画のなかの一節が頭のなかに残っています。
紐解いてみると、前半はニーチェ、後半はサルトルの思想が反映されていることを後に知りました。
ニーチェは一貫して
人を動かすのは希望ではなく「意志(will)」だ という立場をとります。
He who has a why to live can bear almost any how.
(生きる理由を持つ者は、ほとんどどんな生き方にも耐えられる。)
希望 外の世界にゆだねるもの
意志 自らが引き受けるもの
この二つの対比です。
サルトルの説く実存主義では、人は常に「選択している」 そして行動しないことも「選択」とされます。
What matters is not what happens to you, but what you make of what happens to you.
(重要なのは、何が起きたかではなく、それに対して自分が何をするかだ)
思い起こせば、恐怖と絶望のようなコロナの時期を経て、あの頃に考えた様々なことをいつの間にか忘れてしまっている気がします。
さしあたり前にすすむ熱量を忘れ、気がついたら何もしないことを選択していた ということになるのでしょう。
何も気にせずに外にでられ人と話せること、当たり前が当たり前でなくなったあの時期を経験したのだから、
その時の感覚を思い出して、もう一度 いま を考えてみよう と思うのでした。
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台中の鹿港天后宮に座す羅漢だそうです。「飛來尊者」 と銘されいて、縁あってその地にあらわれた羅漢だそうです。
のんびりしていると時間はあっという間に過ぎてしまいます。
さて 今年はなにするものぞ。
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