産経新聞コラム 自由エネルギー原理 坂本龍一コンサートでみた時間の超越
- takashi maruyama
- 8月27日
- 読了時間: 2分

かつて斬新な音と映像で世界を驚かせた坂本龍一さん。先日、その坂本さんのピアノコン
サートを大阪で体験してきました。
舞台は坂本さんががんで他界される前に収録した演奏を、ホログラムで再現するところか
ら始まります。揺れる前髪、鍵盤をつま弾く指先。今にも息遣いが聞こえてきそうな肩越
しの距離で演奏を聴いていると、そこに本人がいるような錯覚を覚えました。
脳の働きを説明する考え方に「自由エネルギー原理」があります。簡単に言えば、脳は「
自分の予想」と「実際に起きたこと」のズレを、できるだけ小さくしようとする、という
考え方です。私たちは目や耳から入った情報をそのまま受け取るのではなく、経験をもと
に「きっとこうだろう」と先回りして世界を予測しています。予想と違えば考えを修正し
、ときには行動して現実のほうを変える。それが知覚や学習、意思決定の原動力になると
説明されています。
音楽は、この「予測」と「裏切り」を巧みに使う芸術です。ある和音を聴けば、私たちは
無意識に次の音を予測します。そこに意外な和音が現れると「おっ」と耳を奪われ、その
後、心地よい響きに解決すると満足感が生まれます。ジャズの即興演奏が面白いのも、次
の音の予測を少しだけ裏切るからでしょう。ベートーヴェンの音楽にも、予想どおりに進
みそうで進まない瞬間が巧みに織り込まれています。
そう考えると、坂本さんのピアノにも、美しい旋律の中に小さな「予想の裏切り」が散り
ばめられているように感じます。YMOでは斬新な電子音で世界を驚かせ、鬼籍に入ってな
お、アートを通じて私たちの脳に語りかけてきました。
笙の響き、激しい波音、雪解け水のせせらぎ、雨だれ。彼が集めたさまざまな音が、モノ
クロームの映像と、彼の調合した香りともに流れます。自然と音楽、「わかる」と「わか
らない」の境界を行き来するうち、私は音を聴いているのか、映像を見ているのか、それ
とも自分の記憶をくすぐられているのか、わからなくなりました。
脳は予測できる世界を好みながら、ほんの少し予測を裏切られることに喜びを感じます。
芸術とは、その境界を操る営みなのかもしれません。音と映像の魔術師は、コンサートの
最後に私には「時」を見せてくれました。
このアート展では、生前から親交の深かった 田中 泯氏が朗読と表現をしています。モノクロの映像、ビブラートのかかった声、調香された香り、まさに五感のすべてに語りかけてきます。大いに刺激された時間を過ごすことができました。
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