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  • 執筆者の写真takashi maruyama

智に働けば ‐アバターIIを観て‐



智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。


夏目漱石の草枕の書き出しの有名な一説です。

このあとに続く文章はご存知ですか?


「住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。・・中略・・住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。」と続きます。


満たされていないからこそ、エネルギーは蓄えられ、ふくらみ、昇華するものなのかもしれません。たしかに、バンクシーの壁画が輝くのは、背景に暗があるからこそ、鮮明に希望を訴えかけてきます。


コロナでの窮屈な生活は、活力を蓄え、知恵をめぐらし、あたらしい種をまくことに繋がりました。窮屈でしたが、いろんな変化を与えてくれました。残念ながら、芸術の才はありません。しかし、これから芽が出そうな予感がしてきています。このサイトを立ち上げたのも新しい一歩です。



さて、アバターIIを観てきました。初回の封切は13年も前でした。そのころはアバターと聞いてもピンとこず、仮想空間という言葉も新しいものでした。映像美に驚き、壮大なストーリーに時間を忘れて、何度か劇場に足を運んだのを覚えています。今回の II での画像美は圧巻です! 前回よりもさらにリアルに、CGとは思えない仮想現実と、そこで織りなす理想的な自然と家族との共存が描かれた、まるで実写のような作品です。閉塞された現実を忘れさせてくれる、壮大なスケールの映像美でした。


シンプルでわかりやすいストーリーで、仮に俳優が演じたとすると、この世界観は薄れてしまうことになったでしょう。人間が演じるシナリオは、皮肉だったり、矛盾だったり、勧善懲悪では割り切れない話が向いています。ストーリーの中では、人間たちは効率と利潤を追求する欲深い生き物として描かれました。


かつてアバターを観たあとに、うつ病や自殺願望が強まってしまう「アバター症候群」という現象が生まれました。たしかに、美しい自然と摂理の中で暮らす理想的な世界と、自分の住む世界とのギャップから、現実への絶望や拒絶が生じるのもわかる気がします。10年以上の時間が経過した今では、仮想空間の中で元気になれ、夢がみられ、活力が生まれるのであれば、それも一つの在り方でよいのかもしれません。アバターを介した仮想空間で、仲間と会い、語り、理想的な未来を構築する。それもひとつの解決方法です。


とかくこの世は窮屈なのです。

時には智を講じることも必要で、情とはいえども多少角が立つことも仕方なし。いろんな人がいて、いろんなことが起こります。


自分の魂は曲げることなく、お天道様に恥じることなく、まっすぐに在りたいと思う今日この頃です。



ハワイ マウナケア山の山頂からみる雲海と太陽です。標高4205m、富士山頂よりも太陽に近い、まっすぐな陽の光でした。 

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